【馬鹿でも暗記・マレー語ぶちこみ小説】人間失格編Part2

mal-shikkaku2-title マレー語学習

前回に引き続き、太宰治の日本語の小説「人間失格」の中に、
マレー語をぶち込んでおるのですが、

この学習法を簡単に説明すると、

外国語の単語を、
「田舎のばあちゃんの何言ってるか分かんねー方言」
と同じ感覚でとらえてみるのです。

「マレーシアのばあちゃんは、方言きつい」
くらいの感覚で、以下の文章を読み進める事によって、
「おばあちゃんの方言を理解する」
のと同じくらいのスピードで、言語を習得する事ができるのです。

まあ、何言ってるか分からないと思いますが、
とりあえず読んでみて下さい。

また、このコンテンツは、Part1からじゃなくても全然良いので
一期一会でどうぞ宜しくお願い致します。

元となる小説

 第二葉の写真の顔は、これはまた、びっくりするくらいひどく変貌していた。学生の姿である。高等学校時代の写真か、大学時代の写真か、はっきりしないけれども、とにかく、おそろしく美貌の学生である。しかし、これもまた、不思議にも、生きている人間の感じはしなかった。学生服を着て、胸のポケットから白いハンケチを覗かせ、籐椅子(とういす)に腰かけて足を組み、そうして、やはり、笑っている。こんどの笑顔は、皺くちゃの猿の笑いでなく、かなり巧みな微笑になってはいるが、しかし、人間の笑いと、どこやら違う。血の重さ、とでも言おうか、生命(いのち)の渋さ、とでも言おうか、そのような充実感は少しも無く、それこそ、鳥のようではなく、羽毛のように軽く、ただ白紙一枚、そうして、笑っている。つまり、一から十まで造り物の感じなのである。キザと言っても足りない。軽薄と言っても足りない。ニヤケと言っても足りない。おしゃれと言っても、もちろん足りない。しかも、よく見ていると、やはりこの美貌の学生にも、どこか怪談じみた気味悪いものが感ぜられて来るのである。私はこれまで、こんな不思議な美貌の青年を見た事が、いちども無かった。

動詞をぶち込む

ますは、下記の表にございます「マレー語の動詞」を、日本語感覚にしていきましょう。

後に続く小説の文では、ここの「動詞」に置き換わっています。
「新しい外来語を取り入れる」くらいの気持ちで、ふふ~んって感じで読んでみて下さい。


マレー語の動詞自体は、現在形・過去形・未来形で変化しません。
過去の出来事を表す場合でも、動詞の形は変わらず、時間を示す単語や文脈で過去形を示します。

過去の出来事を強調する際には、「sudah」や「telah」を動詞の前に置きます。
どちらも「既に」「~した」という意味です。

「tidak berasa」はマレー語で「感じない」という意味です。具体的には、以下のような意味があります。

  • tidak: 「〜でない」という否定の意味。
  • berasa: 「感じる」または「感覚を持つ」という意味。
動詞発音記号カタカナ読み日本語の意味
berubah/bəˈru.hah/ブルハ変わる、変貌する
tidak berasa/ti.dak bəˈra.sa/ティダッ ブラサ感じない
duduk/ˈdu.duk/ドゥドゥッ座る
dirasai/di.raˈsa.i/ディラサイ感じられる
pernah lihat/pərˈnah ˈli.hat/プルナッ リハッ見たことがある

 第二葉の写真の顔は、これはまた、びっくりするくらいひどく berubah っていた。学生の姿である。高等学校時代の写真か、大学時代の写真か、はっきりしないけれども、とにかく、おそろしく美貌の学生である。しかし、これもまた、不思議にも、生きている人間の感じは tidak berasa った。学生服を着て、胸のポケットから白いハンケチを覗かせ、籐椅子(とういす)に duduk して足を組み、そうして、やはり、笑っている。こんどの笑顔は、皺くちゃの猿の笑いでなく、かなり巧みな微笑になってはいるが、しかし、人間の笑いと、どこやら違う。血の重さ、とでも言おうか、生命(いのち)の渋さ、とでも言おうか、そのような充実感は少しも無く、それこそ、鳥のようではなく、羽毛のように軽く、ただ白紙一枚、そうして、笑っている。つまり、一から十まで造り物の感じなのである。キザと言っても足りない。軽薄と言っても足りない。ニヤケと言っても足りない。おしゃれと言っても、もちろん足りない。しかも、よく見ていると、やはりこの美貌の学生にも、どこか怪談じみた気味悪いものが dirasai って来るのである。私はこれまで、こんな不思議な美貌の青年を pernah lihat が、いちども無かった。

【ワンポイント】
マレー語では、受動態は「di-」という接頭辞を動詞に付けて表します。dirasaiは「rasa」(感じる)という動詞に「di-」が付いて、「感じられる」という意味の受動態になっています。

rasa(感じる) → dirasai(感じられる)


  • pernah は「〜したことがある」を表す副詞です。
  • lihat は「見る」という意味の動詞です。

これを組み合わせると、pernah lihat は「見たことがある」という経験を表すフレーズになります。

副詞と否定詞をやー

tidak」はマレー語では否定詞であり、副詞ではありません。主に動詞や形容詞を否定するために使われます。
「~ではない」「無い」という意味。

先ほどの動詞のコーナーでも「tidak berasa」ってのがありました。

副詞+否定詞発音記号カタカナ読み日本語の意味
tidak/ti.dak/ティダッ〜しない(否定詞)
bagaimanapun/ba.gai.ma.na.pun/バガイマナプンとにかく、どうしても
tetap/tə.tap/テタップやはり、変わらず
tidak pernah/ti.dak pər.nah/ティダッ ペルナ一度も〜しない

 第二葉の写真の顔は、これはまた、びっくりするくらいひどく berubah っていた。学生の姿である。高等学校時代の写真か、大学時代の写真か、はっきり tidak いけれども、bagaimanapun 、おそろしく美貌の学生である。しかし、これもまた、不思議にも、生きている人間の感じは tidak berasa った。学生服を着て、胸のポケットから白いハンケチを覗かせ、籐椅子(とういす)に duduk して足を組み、そうして、tetap 、笑っている。こんどの笑顔は、皺くちゃの猿の笑いでなく、かなり巧みな微笑になってはいるが、しかし、人間の笑いと、どこやら違う。血の重さ、とでも言おうか、生命(いのち)の渋さ、とでも言おうか、そのような充実感は少しも tidak く、それこそ、鳥のようではなく、羽毛のように軽く、ただ白紙一枚、そうして、笑っている。つまり、一から十まで造り物の感じなのである。キザと言っても足りない。軽薄と言っても足りない。ニヤケと言っても足りない。おしゃれと言っても、もちろん足りない。しかも、よく見ていると、tetap この美貌の学生にも、どこか怪談じみた気味悪いものが dirasai って来るのである。私はこれまで、こんな不思議な美貌の青年を pernah lihat が、いちども無かった。

名詞どーん

名詞発音記号カタカナ読み日本語の意味
lembar/ˈlɛmbɑr/レンバル葉 (ページ)
gambar/ˈɡɑmbɑr/ガンバル写真
muka/ˈmuːkɑ/ムカ
pelajar/pəˈlɑdʒɑr/プラジャル学生
rupa/ˈruːpɑ/ルーパ姿、外見
sekolah menengah/səˈkoːlɑh məˈnɛŋɡɑh/スコラ メネンガ高等学校
universiti/ˌjuːnɪˈvɜːsɪti/ウニベルシティ大学
kecantikan/kəˈtʃɑntikən/ケチャンティカン美貌、美しさ
manusia/mənˈuːsɪɑ/マヌシア人間
perasaan/pəˈrɑsɑːʔən/プラサアン感じ、感情
baju seragam/ˈbɑdʒu səˈrɑɡɑm/バジュ セラガム学生服、制服
poket/ˈpoːkɛt/ポケットポケット
saputangan/sɑpuˈtɑŋən/サプタンガンハンカチ
kerusi rotan/kəˈrusi ˈroʊtɑn/クルシ ロタン籐椅子
kaki/ˈkɑːki/カキ
senyuman/sənˈjumɑn/セニュマン笑顔、微笑
monyet/ˈmoːnʒɛt/モンイェット
ketawa/kəˈtɑwɑ/ケタワ笑い
berat darah/bəˈrɑt ˈdɑːrɑh/ベラット ダラ血の重さ
kesedihan hidup/kəˈsɛdɪhɑn ˈhiːdup/ケスディハン ヒドゥプ生命の渋さ
kepuasan/kəˈpuːɑsən/ケプアサン充実感
burung/ˈbʊruŋ/ブルング
bulu/ˈbʊluː/ブル羽毛
kertas putih/ˈkərtɑs ˈputih/クルタス プティ白紙
buatan/ˈbuːɑtɑn/ブアタン造り物、作り物
cetek/ˈtʃɛtɛk/チェテク軽薄
bergaya/bərˈɡɑjɑ/ベルガヤおしゃれ
cerita hantu/tʃɛˈrɪtɑ ˈhɑntuː/チェリタ ハントゥ怪談
rasa pelik/ˈrɑsɑ ˈpɛlɪk/ラサ ペリク気味悪さ
pemuda/pəˈmuːdɑ/プムダ青年

 第二 lembargambarmuka は、これはまた、びっくりするくらいひどく berubah っていた。pelajarrupa である。sekolah menengah 時代の gambar か、universiti 時代の gambar か、はっきり tidak いけれども、bagaimanapun、おそろしく kecantikanpelajar である。しかし、これもまた、不思議にも、生きている manusiaperasaantidak berasa った。baju seragam を着て、poket の中から saputangan を覗かせ、kerusi rotanduduk して kaki を組み、そうして、tetap、笑っている。こんどの senyuman は、皺くちゃの monyetketawa でなく、かなり巧みな senyuman になってはいるが、しかし、manusiaketawa と、どこやら違う。berat darah、とでも言おうか、kesedihan hidup とでも言おうか、そのような kepuasan は少しも tidak く、それこそ、burung のようではなく、bulu のように軽く、ただ kertas putih 一枚、そうして、笑っている。つまり、一から十まで buatanperasaan なのである。キザと言っても足りない。cetek と言っても足りない。ニヤケと言っても足りない。bergaya と言っても、もちろん足りない。しかも、よく見ていると、tetap この kecantikanpelajar にも、どこか cerita hantu じみた rasa pelikdirasai って来るのである。私はこれまで、こんな不思議な kecantikanpemudapernah lihat が、いちども無かった。

【ワンポイント】
baju: 名詞で「服」や「衣服」を意味します。
seragam: 形容詞で「制服の」や「同じ」という意味です。

したがって、「baju seragam」は「制服」という意味の名詞句として使用されます。


kerusi: 名詞で「椅子」を意味します。
rotan: 名詞で「籐(とう)」、すなわち籐製の素材を指します。

したがって、「kerusi rotan」は「籐椅子」という意味で、籐(とう)で作られた椅子を指します。


kesedihan hidup:

  • 意味: 「人生の悲しみ」または「生きることの悲しみ」
  • kesedihan: 名詞で「悲しみ」を意味します。
  • hidup: 名詞で「生活」や「人生」を意味します。

kertas putih:

  • 意味: 「白い紙」
  • kertas: 名詞で「紙」を意味します。
  • putih: 形容詞で「白い」を意味します。

cerita hantu:

  • 意味: 「幽霊の話」または「お化けの話」
  • cerita: 名詞で「話」や「物語」を意味します。
  • hantu: 名詞で「幽霊」や「お化け」を意味します。

    形容詞も

    マレー語の形容詞は、修飾する名詞の後ろに置かれます。

    1:

    • 日本語: 赤い花
    • マレー語: bunga merah(”bunga”が名詞で”merah”が形容詞)

    2:

    • 日本語: 美しい大きな家
    • マレー語: rumah besar cantik(”rumah”が名詞、”besar”が形容詞、”cantik”が形容詞)

    みたいな感じで、日本語の逆で、
    英語ともちょっと違います。

    下記の文に、新登場の形容詞はありませんが、
    語順を直しているので、慣れていきましょう。

    形容詞発音記号カタカナ読み日本語の意味
    kecantikan/kəˈʧantikan/ケチャンティカン美しさ

     第二 lembar の gambar の muka は、これはまた、びっくりするくらいひどく berubah っていた。pelajar の rupa である。gambar sekolah menengah か、gambar universiti か、はっきり tidak いけれども、bagaimanapun、おそろしく pelajar kecantikan である。しかし、これもまた、不思議にも、生きている manusia の perasaan は tidak berasa った。baju seragam を着て、poket の中から saputangan を覗かせ、kerusi rotan に duduk して kaki を組み、そうして、tetap、笑っている。こんどの senyuman は、皺くちゃの monyet の ketawa でなく、かなり巧みな senyuman になってはいるが、しかし、manusia の ketawa と、どこやら違う。berat darah、とでも言おうか、kesedihan hidup とでも言おうか、そのような kepuasan は少しも tidak く、それこそ、burung のようではなく、bulu のように軽く、ただ kertas putih 一枚、そうして、笑っている。つまり、一から十まで perasaan buatan なのである。キザと言っても足りない。cetek と言っても足りない。ニヤケと言っても足りない。bergaya と言っても、もちろん足りない。しかも、よく見ていると、tetap この pelajar kecantikan にも、どこか cerita hantu じみた rasa pelik が dirasai って来るのである。私はこれまで、こんな不思議な pemuda kecantikan を pernah lihat が、いちども無かった。

    接続語どん

    接続語発音記号カタカナ読み日本語の意味
    tetapi/təˈbɑːti/テタビしかし
    dan/dɑn/ダンそして

     第二 lembar の gambar の muka は、これはまた、びっくりするくらいひどく berubah っていた。pelajar の rupa である。gambar sekolah menengah か、gambar universiti か、はっきり tidak いけれども、bagaimanapun、おそろしく pelajar kecantikan である。 tetapi、これもまた、不思議にも、生きている manusia の perasaan は tidak berasa った。baju seragam を着て、poket の中から saputangan を覗かせ、kerusi rotan に duduk して kaki を組み、dan、tetap、笑っている。こんどの senyuman は、皺くちゃの monyet の ketawa でなく、かなり巧みな senyuman になってはいるが、tetapi、manusia の ketawa と、どこやら違う。berat darah、とでも言おうか、kesedihan hidup とでも言おうか、そのような kepuasan は少しも tidak く、それこそ、burung のようではなく、bulu のように軽く、ただ kertas putih 一枚、そうして、笑っている。つまり、一から十まで perasaan buatan なのである。キザと言っても足りない。cetek と言っても足りない。ニヤケと言っても足りない。bergaya と言っても、もちろん足りない。しかも、よく見ていると、tetap この pelajar kecantikan にも、どこか cerita hantu じみた rasa pelik が dirasai って来るのである。私はこれまで、こんな不思議な pemuda kecantikan を pernah lihat が、いちども無かった。

    全文まるまるマレー語

    参考までに、全部マレー語に訳してみました。
    めんどくさいと思いますので、別に、ここは読まなくてもいいです。


    Lembaran kedua gambar muka ini, ini juga, mengejutkan sekali buruk berubah. Ia adalah rupa pelajar. Sama ada gambar sekolah menengah atau gambar universiti, tidak jelas tetapi, bagaimanapun, ia adalah pelajar kecantikan yang menakutkan. Tetapi, ini juga, peliknya, perasaan manusia yang hidup tidak berasa. Mengenakan baju seragam, mengeluarkan saputangan dari poket, duduk di kerusi rotan dengan kaki disilangkan, dan, tetap, tersenyum. Senyuman kali ini bukan ketawa monyet yang berkedut, tetapi agak mahir. Namun, ketawa manusia itu, entah kenapa, berbeza. Berat darah, atau kesedihan hidup, kepuasan seperti itu tidak sedikit pun ada, bahkan tidak seperti burung, ringan seperti bulu, hanya sehelai kertas putih, dan tersenyum. Dalam erti kata lain, dari satu hingga sepuluh, ia adalah perasaan buatan. Tak cukup untuk mengatakan ia berlagak. Tak cukup untuk mengatakan ia cetek. Tak cukup untuk mengatakan ia senyuman sinis. Bahkan, apabila diperhatikan, tetap pelajar kecantikan ini juga, ada rasa pelik seperti cerita hantu yang dirasai. Saya belum pernah melihat pemuda kecantikan yang begitu pelik sebelum ini.

    最後に

    【前回のやつ】
    マレー語ぶちこみ小説・人間失格編Part1

    他の小説でも、ぶちこんでおりますので、
    試しに観てって下さい。

    【他の小説】
    マレー語ぶちこみ小説・吾輩は猫である編Part1


    これの英語学習バージョンもありますので、
    気が向いたら観てみて下さい。

    【英語バージョン】
    英単熟語ぶちこみ小説・人間失格編Part1

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